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魚を与えるのではなく釣り方を教えよ、の前に大事なこと。

2019年5月14日(最終更新日:2020年6月9日)

わざわざ魚を釣らなくても良い時代に大事なこと

古くから教育論で「魚を与えるのではなく釣り方を教えよ」と言った言葉を耳にすることが多いのではないでしょうか。

古くは老子が言ったとされるほど、昔から脈々と言い続けられてきているようです。

しかし、この言葉に少し違和感を覚えるのは私だけでしょうか。

今の時代にはこの考え方は適さないのではないか感じます。

話の意図としては、お腹を空かせ魚をとりたくて困っている人に出会った時、魚を与えてしまうと一度だけ魚が食べられるだけで、釣り方を教えてやれば独り立ちできるんだ・・・といった論主です。

この論主に全く否定の余地はないのですが、現代に置き換えると釣り方を教えるよりも前に大前提が必要なのではないかと考えます。

それは

欲望を抱かせること

です。

魚を食べたいという感情を抱かせること、釣りたいという感情を抱かせることが必要なのではないかということです。

現代で言えば世界的に見ても飽食の時代に突入しており、ファクトフルネスによると飢餓は世界から大半が消えていこうとしています。

そんな時代になると人間は、

「ま、魚獲って食べなくてもワンコインで牛丼食べられるしな。」

となってしまうのが関の山です。

そんな時代に魚の釣り方を教えようとすると

「なんだこのおっさん、俺は釣り方なんて知りたくないし、そこまで頑張って魚食べたくないよ。」

というまさかのありがた迷惑状態になります。

では、今の時代にあった形に変換するとどうなるでしょうか。

それは

魚の釣り方を教えるのではなく、釣りの楽しみ方を教える

ではないでしょうか。

これからは正しいことを教えられるよりも、あらゆる物事の「楽しみ方」を教えてくれる人が有りがたがられます。

何も有りがたがられることが目的ではないわ・・・って方もいらっしゃるかと思いますが、何かを成していきたいなら人の集まる人間にならなくてはなりません。

善悪の問題ではなく、真理に近い話です。

釣り方を教えるのが正しい、正しくないと言った話ではなく、これからは楽しみ方を教えるのがトレンドではないかという話です。

わざわざ魚を釣らなくても良い時代に、他社に教えられることは「楽しみ方」です。

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